今日は11時頃から学校に来て、また担任に付き合ってもらいながら別室で残りのテストを受けている。
「疲れたら、適当に休憩を入れていいぞ」
「いえ、大丈夫です。今日はできるだけ早く帰りたいので・・・」
と、最後の問題を受け取ろうとした瞬間、ピアスが警告を発した。反射的に部屋の隅の加藤を振り返る。
「地理室です」
「先生、一緒に来てください!」
普通の生徒は、試験を終えて下校している頃だ。なのに深雪は何をしている?
男三人が廊下と階段を駆け抜ける。特別教棟の2階、普段は人気のないところだ。深雪の身に何かあったら・・・。
バン!とドアを開けると、そこでは椅子に座らされ後ろ手に縛られた深雪の首に、林田さんが手をかけていた。
「何やってんだ!」
僕の姿を認めた林田さんは、信じられない、といった様子で目を見開き、ぱっと手を離した。その隙に深雪の元に駆け寄る。
「大丈夫か!深雪」
しかし、ゴメン、私・・・と言ったところで激しく咳き込んでしまう。
「加藤、宮殿に連れて帰る。先生、生活指導の先生を呼んで」
深雪の手を縛っていたネクタイを解き、彼女を抱え上げて玄関へと急ぐ。
「深雪、ゆっくり息をして。もう大丈夫だからな、俺がついてる」
そして車に乗り込み、彼女を横たえて背中をさすってやる・・・。
幸い大事には至らなかったが、指の跡がしばらくは残りそう、とのことだった。それもだけど、彼女の心の傷が心配だ。
安定剤を打ってもらって眠っていた深雪が、目を覚ました。
「ここは・・・?」
「宮殿の医療室だよ。ゴメン、俺のせいでこんな目に遭わせて・・・。でも無事でよかった」
深雪にはペンダントをプレゼントしていた。深雪にもしものことがあっては困るので、急激な心拍上昇や発汗を察知して異常を知らせる機能を備えたそのペンダントを、いつもかけているようにと言っておいた。でもたまたま学校にいてよかった。異常を受信しても、近くにいなければこの程度の怪我では済まなかったかもしれない。
「ううん、私がいけなかったの。先輩の気を逆なでするようなことを言っちゃったから・・・」
「そうけしかけたのはアイツだろ。・・・深雪は悪くないよ」
全部僕のせいだ。気持ちが抑えられないばかりに、廊下で声をかけたり学食で一緒に昼食を取ったりした。・・・周りで見ている人たちの気持ちの読みが甘かった。
「深雪ちゃん、おはよう。無事でよかった。今晩は泊まっていきなさい。お家の方には連絡しておいたから、心配しなくていい。・・・ゴメンね、ちょっと沢渡を借りるよ」
いつの間にかやってきた結城が、医療室の中の空き室に僕を連れ出す。
「悪いが、お前抜きでは進められない仕事がいくつかある。・・・深雪ちゃんはもう大丈夫だ。それにお前も、必要以上に自分を責めなくていい。ちゃんと助けに行けたんだ、それで十分だろ?だから、涙を拭いて、着替えてこい」
はい。・・・今は仕事が大事なときだ。深雪が宮殿の中にいるのだから、心配することは何もない。
「ゴメン、ちょっと仕事をしてくるよ。終わったら迎えに来るから」
一人になるのは寂しいだろうと思って仲野さんに来てもらったのだけど、その前に、
「目が真っ赤ですよ。メイクも直しましょう」
と連れ出されてしまった。