オーディションは、グランプリこそ取れなかったが、特別賞をもらってドラマに出演することが決まった。
今は、美智が受験した大学近くのカフェで、あちこちに連絡をしながら帰りを待っている。今日ばかりは参考書など目に入らない。周りには俺と同じくして試験が終わるのを待っている人たちがたくさんいるが、その人たちが一様に心配そうな顔をしているのとは対照的に、俺の気持ちは晴れやかだ。
・・・試験が終わってから十数分が過ぎた頃、昨日までの様子が嘘のように笑顔の美智が店内に入ってきた。
「どうだった?」
先に聞いたのは美智のほう。その様子を見れば試験の出来映えは聞くまでもない、と思って穏やかに結果を伝える。
「そっか、よかったね。おめでとう」
差し出された手に、おっかなびっくりで答える。
「祝福してくれるんだ?」
「とりあえずはね。祐輔のことをテレビを通して見るだなんて不思議な感じがするけど、やって見なきゃ分からないのに、何もしないうちから非難するのはフェアじゃないって思った」
・・・少しは譲歩してくれたわけだ。進展したと言えるかな?
「ねえ、お父さまとか沢渡くんには話したの?」
「メールは入れたけど、返事はまだだよ。二人とも忙しいみたいだからね」
と思っていたら丁度、沢渡から着信があった。
“おめでとうございます。ちょっと今忙しいので長くは話せないんですけど、ぜひお祝いを言いたくて”
「ああ、わざわざありがとう」
“じゃあまた、夜にでも連絡しますね”
ホントに忙しいみたいだ。通話時間10秒って・・・。これには美智も俺も苦笑するばかりだ。
「祐輔もそんな風に忙しい人になっちゃうのかな?」
「いや、一人前になるまでは、物理的にと言うよりは精神的に忙しくなるんじゃないかな?自主トレとか」
役作りのためなら、どこまでも忙しくすることができる。その努力が大事だろう。努力次第で、沢渡や朝霧に近づく時期を早めることも、遅らせることもできる。
「じゃあ早速だけど、受験勉強に取りかからない?10秒だって無駄にはできないわよ」
・・・ああ、なんて現金な。これまで散々心配してやったのに、礼の一つもなしか。