時間を割いた、と加藤が言ったので、今日は束の間の逢瀬か、と思いきや、大胆にもレストランでの夕食を組み込んでくれていたので驚いた。…それほどまでに疲れているように見えたのかな。
ほぼ予定通りに個室に入ると、黒いワンピースを着た深雪が、今にも泣き出しそうな顔で僕を見上げた。
「深雪」
「希」
同時に名前を呼び合った後、僕は深雪を引き上げて優しく抱きしめた。
「殿下が…」
あ。…深雪が言う殿下は、響殿下のことだ。そうだ、やっと会えたということよりも、まずは響殿下と舞さんのことで心を痛めているところを、慰めてあげるところから始めなければ。
「失礼ですが、殿下。すでに注文済みですので、まもなく料理が運ばれてくることをとどめおきください」
そしてさっさと出て行く加藤の気配りに感謝した。そうだ、ここは個室とは言え、公共の場だ。取り乱してはいけない。
「あ…。今は希が殿下なんだよね」
「いや、僕も響殿下のことを今でも殿下とお呼びしてしまうよ。…しばらくは慣れないだろうね」
「指輪、見せてもらってもいい?」
ああ、いいよ。そして深雪は、リングをしばらく眺めた後、そっとなでた。
「私でさえも、殿下との思い出はいろいろあるのに…、希は大丈夫?」
「殿下がそばについていてくださっているから、大丈夫」
そして僕は、努めて笑顔を装う。深雪が悲しげな表情を見せたので、逆に僕はしっかりしなければならないと思った。
「え?」
「うん、このリングをはめていると、殿下の温もりを感じるんだ。それにすでに何度か、テレパシー的な感じで、僕や結城に話しかけるという芸当を披露されている。ここにもいらしているかもしれないよ」
…そうなの?と辺りをキョロキョロする深雪がかわいくてたまらない。僕が守ってあげなければ。
「深雪、そんな不安そうな顔をしないで。何でも僕に言って」
彼女はうつむいて僕の手をぎゅっと握った。…ああ、しばらく会えなかった間に、いろいろとため込みすぎたようだね。
「何でも聞くから。一つずつゆっくり解決していこう」
「…ごめん、ぎゅっとして」
分かった。そして深雪を隣からぎゅっと抱きしめてあげる。
落ち着くまで、ずっとこうしていてあげるよ。深雪のことを愛しているから。