夜。毎年恒例演劇部の打ち上げパーティーが、今年は清水先輩のお宅で行われることになったのだが、仕事がかなり押してしまった。それでも、兼古先輩からのご要望に応えるべく、念入りに身支度を調えて、いざ出陣!
「遅くなりまして申し訳ありません」
「うわ~綺麗~」
出迎えてくれた清水先輩と深雪がため息を漏らし、ワンテンポ遅れて登場した兼古先輩が恭しく一礼した。
「本日はようこそお越しくださいました、私がご案内いたします」
さっと差し出された手に自分の手を重ねて、連れて行ってもらう。…これはこれで悪い気はしないかも。
すでにいい気分の人が多かったけど改めて乾杯して、…でも片時も兼古先輩は側を離れない。…KZ自信作の、スカイブルーのカクテルドレス。自分でも似合いすぎて怖いと言うか、何と言うか。
「沢渡に女装をお願いしたのは、ボディーガードを再演したかったからなんだ。みんな同意済みだし、もっとエレガントに口説いてやるから、…もう一杯いかがですか?」
グラスにワインを注がれて、…確かに飲まずにはいられないな。この日だけは何でも言うことを聞きます、と言った手前断れないと言うか、こうなったら煮るなり焼くなり好きにしてくださいよね。…僕は一気にのどの奥へ流し込んだ。
根本的な設定は変わらないけど、先輩方の猛攻に遭っていきなり撮影シーンではセクシーポーズを取らされたりした。でも本当にヤバイのはこれからだ。朝霧に捕まって、目隠しの上、後ろ手に手錠までかけられて…。
「お前本当にいい女だな、このまま死なせるのはもったいない。最後に心からのもてなしをさせていただくよ」
顎をくっと持ち上げられて、キスされるのかと思ったら、
「お腹すいてるだろ」
「は?」
朝霧何言ってんだよ!と野次が飛んだけど、大当たりだよ。遅刻してきて、しかもいきなりこんなことになってしまって、全然食べてない。
「よく分かったわね」
「生憎とお前の事はよく知ってるんだよ。ほら口開けな、鶏のから揚げだぞ」
ゴクッ、いきなり僕の好物から来たか、さすが朝霧。…でも待てよ、嫌な予感が。
「…やっぱりいいわ、遠慮しておく」
「そう言うなよ、××産高級地鶏、農家の後藤さんが丹精こめて育て、超一流料理人柴田さんの手によって調理された贅沢な一品だ、なかなかめぐり逢えない味だぞ」
そういうところをついてくるなよ、バカ。ア~ン…!!
「おいしい」
本当は少し冷めてたけど、今の僕には何でもおいしい。次々とオムライス、サイコロステーキ、アスパラの牛肉巻き、サラダなどが口に運ばれてきて、幸せ。
「デザートのシュークリームだぞ、大きな口を開けて」
パクッ!!!☆★☆★マスタード…辛い~~。
「よく味わうんだぞ」
顎をしっかり押さえられているから、飲み込むしかないってわけですか?更にやっと飲み込んだと思ったら、更にワインを流し込まれて …朝霧覚えてろよ、お前もただの酔っ払いじゃないか!
「何やってるのよ」
深雪!敵だけど助かったよ、もっと早く止めてくれよな。
「もしかしてあなた泣いてるの?…そう、結構しおらしいのね。もっと早くからこうしていてくれれば、こんなことにならずに済んだのにね」
それは単にマスタードのせいで…って、いやいや軌道修正しなきゃ。
「こんな汚い手を使ったところで、あなたの将来が約束されたわけじゃないと思うけど」
「黙りなさい!…朝霧、こんな女さっさと片付けて」
「かしこまりました」
おい、普通銃口を口に突っ込むか?
「ちょっと待った、彼女から離れろ」
「*√×÷!」(たすけて!…のつもり)
「悪かったな沢渡、道が混んでて。…朝霧、いい機会だ勝負しよう。まずはピストルをしまうんだ」
「は?」
「いいか、これは腕の勝負ではない、口と指の勝負だ。沢渡を感じさせることが出来たら勝ち、後は好きなようにしていい」
先輩!気は確かですか!そうかさっきエレガントに口説いてやるって言ったっけ。…そして二人はすでにジャンケンを始めている。先行は朝霧。
「悪かったな、泣かせたりして」
目隠しを外して、指で涙を拭ってくれた。…よく言うよ。
「久し振りに君の涙を見たよ。いつも強がって決して弱みを見せたりしない君が、こうして無防備な姿を見せてくれるなんて…信頼してくれたんだね。これから泣くのは僕の前だけだ、人前で泣かせたりしない」
僕を優しく抱きしめながら、
「愛してる」
見つめ合ってキス、そして首筋に…そこは僕の急所だ!何でお前が知ってるんだよ!心の叫びも虚しく、あっさりと上半身がガクッと倒れてしまった。
マジかよ、何をしたんだよ、とざわめく中、勝ち誇ったように「次はあなたの番です」と言い放った。…何だかやけに悔しい、動悸が止まらない。
そしてまだ落ち着く前に、兼古先輩が、椅子に座らされている僕の目の前にかがみ込んだ。…何も言わない、ただ僕を見つめてくる。こんな瞳をする人だとは知らなかった、慈しむように僕の五感をふんわり温かく包み込む。おまけに近くで見るとやっぱりカッコイイ、だんだんその顔が近づいてきて、同時にドレスの裾から右手が忍び込んできてたまらずに目を閉じた。
あ~、甘い声が深いキスから漏れ、カチャリと鳴った手錠が更に淫らな空気を増幅させる。一瞬待つかのように唇が離れ、僕が目を開けたところで満足げに微笑んだ。
「判定はみなさんに委ねます」