5/3 (水) 17:30 遠足

まだ友達も出来てない段階で、行き先を選ばざるを得なかったから、クラスメートとは離れ離れ。気づいたら、演劇部一年組は固まって行動していた。ハイキングなんていうと聞こえがいいけど、辺りは木々ばかりで空も狭い、景色はとんと変わらなくて、みんなそれぞれ会話することに楽しさを見出しているようだ。

俺たちは、学園内でのラブストーリーを簡単に書いて、すでに撮影を始めている。俺と水島さんをメインに、男女それぞれライバルが登場するけど、結局は結ばれる。ただし台本は大まかで、ほとんどアドリブになっている。水島さんも中学から演劇をやっていたので頼りになるし、学園内でロケをしていることがすでに注目されていたりするから、三年の先輩方楽しみにしててくださいね、といったところだ。

そして、今も隣にいる石井先輩と親しくなった。主に裏方担当なので、演技については聞けないけれど、部のエピソードをよく話してくれて、面白い。

「俺は沢先輩を尊敬してる。アイディアマンだし、一人一人のことを凄くよく見てくれていて、的確な指示を出してくれるし、一旦やると決めたら徹底してるところが気持ちいいね」

「そんなに凄い人なんですか?」

そうだよ、と、「校則ゼロ革命」のエピソードを教えてくれた。沢渡先輩に刃向かう役になった久保田先輩は、遠慮しすぎだということで、部内ではどの先輩に対しても敬語禁止令が出たとか、カップルの彼氏役になった先輩は、直々にカッコよく見える方法を教わったとか。

「でも肝心の沢渡先輩と深雪先輩には、そんなシーンはありませんでしたよね。みなさん実名で登場してたのに」

それどころか、おそらく主役でいなければならないはずの沢渡先輩は、最後はバシッと決めてくれたけど、常に俯瞰で眺めていて、みんなが何をしようと咎めない、なんだか冷めた役回りだった。

「沢先輩は、今回の作品では極力目立たないようにと、心がけていたみたいなんだ。今までの作品は、兼古先輩と沢先輩っていう二枚看板が主役で、あとのみんなが引き立てるって感じだっただろ?先週見に行った舞台もそうだったけど、もっと一人一人が自己主張するような、熱い作品に仕上げてみたいらしい。・・・今のは深雪ちゃんから、来る時に聞いたんだけど」

それは俺も前の作品を見て思っていたことだ。クリウスという校風のせいもあるのか、全体としては凄くまとまっていて演技力もみんなあるんだけど、躍動感がイマイチな印象がある。普通高校生って、もっとみなぎるエネルギーに溢れてる感じ?俺は、これまで公立の学校に行っていた一般人だからそう思うのかもしれないけど、ここの人はみんなおっとりしていて、穏やか過ぎると思う。でもそれは逆に強みでもあるし、今更身につかないような気もするけど・・・。

「でも深雪先輩ってホントに綺麗ですよね。『光と影』なんか、素敵すぎて感動しちゃいました」

確かに水島さん、見ながら泣いてたよ。

「やっぱり沢先輩あっての深雪ちゃんだよな。最初はかなりおとなしかったんだよ。でもどんどん明るく積極的に、そして綺麗になっていって、みんなも不思議がっていたら、そういうことだった、と」

「うらやましい~」

「そして先輩方の話によると、沢先輩は最初はもっと冷たい感じの人だったらしいよ。謎だらけで、誰とも深く付き合わないみたいな。それが変わっていったのは、ひた隠していた身の上を公表したせいもあるけど、それ以上に深雪ちゃんと出逢ったことが大きいみたいだよな。・・・なんか妬けてくるな、この話」

・・・入り込む余地はなしってことか。それは演劇鑑賞の時にも見せ付けられたけど。

「でも吉岡、お前のことは特に三年の間で話題になってるぞ」

「え?何でですか?」

オーディションの時のこと。去年のオーディションでは沢渡先輩が深雪先輩の相手をして、当時冷静沈着と謳われていた沢渡先輩が、本気で彼女の手をつかんだと、かなり話題になったそうだ。その光景に今回の俺の演技がそっくりだったらしい・・・。

「沢先輩だけは、敵に回さないほうがいいぞ。この国を動かしてる人だからな」

「待ってくださいよ、何もしてないじゃないですか」

「だって、沢先輩すでに怪しいよ。特にお前のことを気にかけてる・・・」

そんなこと言われても・・・。結局演劇部の先輩方にしたって、沢渡先輩を祀り上げてるだけじゃないですか。・・・ビデオドラマも初の試み、そして気にかけてくれてるなら、ますますここが勝負どころ。絶対俺のことを認めさせますから、楽しみにしててくださいよ!

帰りのバスの中は・・・やっぱり長い距離を歩いたせいか、しゃべり疲れたのか、うってかわって静まり返っていた。

ふと見ると、夕焼けに頬を照らされた深雪先輩が窓の外を眺めていた。・・・沢渡先輩のことを想っているのか、・・・切なげで儚い、今までに見たことがない表情だった。

昼食、そして午後、演劇部一行は参加者全員集合したあと、それぞれ演劇談義に花を咲かせていた。水島さんは、憧れの深雪先輩から演技指導をしてもらったあと、俺のところに来て、役作りについていろいろと話し込んだ。彼女は積極的でサバサバしていて、結構話しやすい。ただ、論理的なところがあるな~。あれこれ心配しているけど、俺としてはその場の空気で息を合わせることが出来る自信がある。俺だって過去にいくつか恋を経験したことがあるから・・・。

それにしても、随分と寂しそうな顔をしている。決して夕焼けを眺めているわけではない、目が泳いでいる。・・・気持ちは分かるよ、沢渡先輩は修学旅行で、あと三日は離れ離れ。・・・見ていて痛々しいですよ。そんな顔をしているより、可憐な笑みを浮かべている深雪先輩のほうがいいよ、絶対。・・・ほっておけなく・・・なる。

「そんな悲しそうな顔しないでくださいよ・・・」

ビクッとして振り返った深雪先輩は、一瞬凝視してから、わなわなと視線を落としていった。でも拒むようなことはしなかった。今はただうつむいて、何を思っているのか、言葉を発する気配は感じられなかったので、さっと彼女の隣に腰を下ろした。

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