5/24 (水) 21:00 エレガントな客

お昼過ぎにリディア国王陛下ご一行がお見えになり、迎賓館へとご案内した。去年の春に江口陛下のお供でリディア国を訪れたことがあり、一度お目にかかったことがある・・・その時に知り合ったんだろうな。だったら二股かけられていたことにもなるじゃないか。いや、響殿下の葬儀に参列していただいたから、その時かな?

とにかく確かにハンサムな容貌を持つヘンケル殿下はプレイボーイだと、各国王族の間では噂されている。やることなすこと派手で気取っていて・・・すでにさっきから有紗さんと寄り添ったまま離れない。勝手にしてください、という感じだけど。

明日には婚約の儀が行われることになった。しかもリディア国でも執り行うということで、僕にも参加するように言われたけど、それはさすがに断った。ウチの国が空っぽになるじゃないか。しかしあとしばらくの我慢だけ。ここまで人を嫌いになれるものだとは今まで知らなかった。そして僕なら、嫌われるようなことはしないけど。

夕食後、そろそろ宮殿に戻ろうかと思っていた僕は、当のヘンケル殿下から呼び止められた。二人きりで話したいと・・・。まだ殿下のことはよく存じ上げていないので、特別な感情は持たずに行ったのだが。

「久し振りだね」

「そうは経っていないと思いますが・・・」

「君は随分貫禄が出てきたね・・・それでも私から見るとまだ子どもだがね。ここはひとつ、有紗の前恋人、現恋人で男同士の会話を楽しもうじゃないか」
「お話しすることは何もありませんが」

努めて抑揚のない口調で返すと、ふ~んと、グラス片手に海へと向き直った。水下1Fなので、もうこの時間には何も見えないのだけど・・・。

「君は庶民と付き合っているそうだね。・・・有紗はそれ以下ということかな?」

「いえ、それ以上でもそれ以下でもありません。純粋に、有紗さんとは相性がよくなかったのです」

僕のことを咎める気なのだろうとは思うけど、とりあえず素直に質問に答えることにする。

「彼女はそうは思っていないようだよ。それも知っているよね」

「はい。しかし私にこれ以上どうしろと?」

「全く君は・・・」

がっしりした肩が上下に動き、振り返って今度はガラスにもたれかかった。

「粋な男というのはもっと会話の広がりを楽しむものだよ。君のように単刀直入に話すことはエレガントじゃない」

別にあなたにそう思われなくても平気ですから。

「でも殿下は結婚に踏み切られたわけですよね。今後の参考にうかがいたいと思いますが、男はどういう時にその一歩を踏み出すのでしょうか?もちろん私たちのような立場の者は、ある程度の年齢までにパートナーを伴わなければ認めてもらえないわけですが、殿下には自由の香りが漂っていますし、新たな伝統を作られるのもよろしいかと思っておりましたが」

「まだ分かっていないようだね」

切れ長のブルーの瞳をグラスの液体に泳がせて、一見したところでは何を考えているのか分からないような、物憂げな表情を見せた。

「結婚することは簡単だよ。ペンが一本あればそれでいいのだから。この国は工業の発展がめまぐるしくて活気がある、私の国も豊かになるだろうね」

テメエ!・・・待て、ここで取り乱したりしたら、相手の思うツボだ。ただ負け惜しみを並べているに過ぎないのだから。いや、本当に聞いてみたい気持ちはある、どうして結婚を決めたのか。いきさつや本心など、分からないことだらけなんだから。

「私も、リディア国の発展を心より願っております」

経済力はウチのほうが上だから。

「長旅でお疲れになったでしょう、明日は大切な儀式もありますから、お早めにお休みください」

そうだな、と表情は変えないまま、グラスを置いてソファーに腰を下ろした。

「では失礼しま・・・」

「有紗を呼んで来てくれ」

どうして僕が!

「これでも久々の再会なんだから、体が求めてしょうがない。早く来てほしいと伝えてくれないか」

「分かりました」

もう、この男サイテーだ!何から何まで頭に来る!

ドアを閉めたついでに壁に一発ぐらい蹴りを入れたいところだったけど、そこは控えの間で、殿下の側近が控えていたので叶わなかった。

「有紗さんを呼んできてほしいそうですよ」

誰が直接迎えに行くものか!あ~ムカツク。

「帰るよ」

廊下で待っていた加藤に一言告げて、いそいそと宮殿へ向かう電車に乗り込んだ。

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