沢渡の尽力もあって、独立に向けての準備は順調だ。事務所への所属はすぐにでもと言われているくらいだけど、今はコンクールに向けてしっかり練習したいのでそれ以降ということに。でも住む場所探しはかなり難しい。だって収入がどのくらいになるか分からないし・・・。ただ候補はいくつか絞ってあって、沢渡はすでに「遊びに行く!」と楽しみにしている模様、おいおい。
もうすぐこの宮殿ともお別れかと思うと、さみしい。
でもその前に、日曜日には響殿下の妹さんの結婚式で、沢渡ともども曲を披露することになっている。二日も練習をサボるなんて今までなかったよね・・・。
ヴァイオリンをケースから取り出してまずはチューニング、そしていつものようにウォーミングアップ・・・のはずが、手を止めざるを得なくなってしまった。・・・涙が止まらない。一音奏でるごとに背筋に冷たいものが走り、手も汗ばんできた。・・・指が滑る。そして反対に胸はグッと熱くなり、いくつかの思い出が走馬灯のように潤んだスクリーンに映し出される。
うっ・・・。
胸をかきむしりながら、僕は床に座り込んだ。何も見たくない・・・きつく目を閉じ必死になって涙を拭った。
「サトシ・・・」
今度は声が・・・。耳に手を当て、更に自らも声を上げた。
何故今になって思い出すんだ、しかも楽しいことばかり。実際に楽しかったのはほんのわずかだったのに、それがすべてだったかのように幾重にも増幅され、心を離さない。
僕はずっと好きだったんだ・・・沢渡ほど燃え上がりはしなかったけど、ちゃんと好きだった。ただ諦めていたんだ。会いたくてもすぐには会えない。電話をかけるにしても、時差が邪魔をする。でも何故それを乗り越えようとは思わなかったのだろうか、最初から分かっていたはずなのに。・・・やっぱり高校生だし、金銭的なこともある。・・・現実は厳しかった。
もし近くにいてくれたら・・・事情は大きく違っていたはずだ。でも彼女が生まれた国は僕とは違い、彼女には彼女の生活がある。僕にも、すべてを捨てて行く・・・なんてことは考えられなかった。まだ早すぎたんだ、きっと。いきなり遠距離・・・それも外国の人との恋愛は。確かに好きだったけど、このくらいの好きじゃ、足りないんだ・・・。
しょうがない。たまたま好きになった人が、外国の人。・・・こんな想いをするくらいなら、最初から無理だって誰かに教えてもらいたかった。拳を握り締めたけど誰のせいでもなく、やり場のない怒りはベッドに沈めるしかなかった。
結局僕が得たのは、やりきれない想いだけ・・・。