昨夜、僕は怒りに任せて有紗さんを呼び出したが、逃げられた。…陛下と仕事を盾にされては、僕だってなすすべがない。このままこちらから無視し続けたほうがいいのか?…でも近くで仕事をする関係なだけに、会う度にギクシャクするのにも、そろそろ疲れてきた。円満に別れたはずだったのに、現実はそんなに甘くないらしい。誰かに相談できるわけでもなく、胸はただ痛くなるばかり…。 でもこのままでは、すっきりしないし、深雪にも後ろめたい気持ちが残る。
だから今日は、何とかして有紗さんを呼び出した。
「アンドレアさんに何を言ったんですか。誤解を招くようなことばかりして、まだ僕を苦しめたりないんですか」
さすがに、直後の怒り沸騰状態からは一段落ついたが、殺気だけは感じさせたかった。
「あなたには、私の気持ちなんて一生分からないのよ、…私は謝ったりしないわ」
全然分からない、分かりたくもない。
「僕に対してならいいですけど、他人を巻き込むのはやめてください。…僕と付き合ってるって言ったんですか?」
「そんなにはっきり言ってないわ。勝手に思い込んだだけよ」
「それじゃ、この間のキスの理由は?」
「苦しそうにしていたから、少しでも力になってあげたくて…」
「本当に僕のことを思ってくれているなら、そっとしておいてほしかった…」
有紗さんは刺すような視線に遭わないようにと計算して、僕から遠く離れて座っていた。…いつもそうだった。僕達は二人とも我が強くて、よく喧嘩をした。とことんまで言い合って、それでもどちらも折れない。だけどそのうちだんだんどうでもよくなってしまい、結局は抱き合って仲直り。…根底には愛があったから、喧嘩なんて一過性のものだって分かっていたから、何も怖くなかった。躊躇うことなんてなかった。
「…まだ僕のことが好きなんですか?」
「…そうよ、未練がましい女だと思っているでしょう。やっぱり、あなたを忘れさせてくれるような素敵な男性にはなかなかめぐり逢えなくて、その度に切なさをかみしめるだけ」
でも今は慎重に言葉を選んでいる。こんな風に彼女が未練を残しているのは、僕が冷たくあしらわないからだ。僕にその気がない以上、相手にも失礼だと思う。
「はっきり言っておきます。あなたの態度は迷惑以外の何物でもない。…今までのことはすべて水に流します。しかし今後、特別な感情を持って接してこられた場合には、それ相応に対策を講じなければなりません」
「希…」
彼女が顔を上げたので、僕はゆっくりと近づいて行った。
「それでは失礼します」
意図的に冷たい視線を突きつけて、僕は部屋をあとにした。…いくら何でも言いすぎだよな、傷つくよな。…でも僕のことなんてすぐに忘れてくれるように、残酷な男を演じて見せた。
ターボリフトに乗り込むと、鋭い痛みが全身を駆け抜け、ズルズルと床にへたり込んでしまった。これでよかったのだろうか?怒りはあっけなく消え去り、罪の意識が刻まれた。…いや、これからもっともっと深くなるだろう。仕事で顔を合わせるときは、平然としていなければならないのだから…、耐えられるかな。過去を否定することにもなるんだよね。辛い。思い出は美しいままにしておきたかった…。