2/27 (月) 17:00 レッスン

沢渡のことはまだ心配だけど、すでに、デビューに向けてのレッスンが始まっている。猟奇的な殺人鬼の役なので、ダイエットするように言われたのだが、幸い、受験勉強が結構大変で、体重は自然と落ちた。それは、学力的に大変だったというよりも、精神的に大変だった、と言うほうが的確だろう。何せ、合格しなければ、芸能活動が白紙に戻るというだけでなく、応援してくれた周りの人間から失望されること間違いなしだから…そちらのほうが堪える。

そう思うと、沢渡はいつも、周囲の期待に応えるという、プレッシャーと闘っているのだろう。彼のことをいい目で見ない人もたくさんいる。しかも、皇太子に即して間もないのに、体調を崩して休むだなんて、彼自身、どんなにガッカリし、どんなに焦ったことだろう。仕事に穴を開けてはいけない。自己管理は、仕事をする上での第一歩だと、改めて自分に言い聞かせているところだ。

今日は、発声練習の後、実際に演技のレッスンが入っている。今まで、舞台の上でしか演じたことがなかったので、テレビ用の演技というものはどのようにしたらいいのか、まだ手探りなところがある。しかし今はそれ以前の段階で、自分の殻を破る演技をすることが課題だ。

「まだ兼古くんっていう人が見える」

そうなんですね…。俺としては、過剰なくらいやっているのだけど。確かに、部活のときは、そこまで羽目を外した役はしなかったので、しょうがないのかもしれない。…そう思うと、沢渡が演じた、目の見えない男は、凄い迫力だった。負けていられない。…いやいや、もっと役に集中しなければ。他の人なんてどうでもいい。俺にしかできない演技をするのだ。

「はい、もう一回お願いします」

「まだ、物足りない。そんな、どこかで見たことあるような演技はもうたくさんだ。受験勉強の間に、演技を忘れたのか?」

いえ、決してそんなことは。殺人鬼を演じるにあたって、いろいろな映画やドラマも見て、何パターンかの演技を考えてきた。そのどれをやってみても、気に入ってもらえない。…いや、負けてたまるか!

「いい目になったね。君には、ハングリー精神が欠けている。ほしい物は何としても手に入れたいというエネルギーを、もっと出して」

はい。…親父を敵に回しても役者になることにした、というのは俺の中ではかなり大きなエネルギーだと思っていたのだけど、まだ足りないのか。…もっと自分を追い込まなければならないな。まだまだ修行が足りない。

もっと考えろ。折角つかみかけているチャンスを、みすみす逃すわけにはいかない。頑張らないと。

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