3/28 (火) 23:50 未来への約束

首都から電車で三時間。たどり着いた地方都市が、希が生まれ幼稚園までを過ごした思い出の地。一家で引っ越してからは訪れたことがなくて、でも財務長官に就任した時に、ルーツを探るとかいう企画でO.A.されているのを見て行ってみたいと思っていたそう。私も希のことをもっと知るチャンスだから、楽しみにしている。

「うわー、こんなところだったのかな?何だか不思議な気分だよ…」

電車の中で言ってけど、実は来るのが怖かったんだって。入宮してからも最初のうちは連絡を取り合っていた友達にも、みんなが学校で楽しそうに遊んだりしているのが羨ましくて辛くなり、返事を書けなくなった。…結果的にそれが元で疎遠になってしまったことをまだ気にしていて、合わせる顔がないと言っていた。

いつもよりナーバスになっているのか握る手に少し力は入っているけど、駅で女子高生に声をかけられても穏やかに挨拶を返していく。

「道は何となく分かるけど、景色が全然思い出せないんだ。まるで見知らぬ土地へ来たみたいな感じだよ」

「駅周辺は昔とは随分変わりましたよね。しかし昔のご自宅の周辺はあまり変わっていないようですよ」

今回、加藤は地理に不案内なので、同郷の仕官に運転してもらい、とりあえず街をぐるっと回っている。

「お兄さんとかは、こっちの友達とまだ連絡を取り合っているの?」

「うん、時々こっちにも来ているみたいだよ。でも俺は誘われてもずっと拒み続けてきた。忘れようと思ったら簡単に忘れることが出来るんだよ、人間って残酷なものだ」

希ったら、自分を責めてばかり。

「希は神経質すぎると思うよ。みんなはきっとそんな風には思ってないよ」

「そうだといいんだけど…、ごめんな、深雪のための旅行なのに」

「ううん、そんな意味のある旅行に誘ってもらえて嬉しいよ」

「深雪となら来れそうな気がしたんだ…」

そんな切なそうに見つめないでよ。ガラス細工のように崩れてしまいそうになっている。私なんかが力になれるかどうかなんて分からないけど、…希の頭がコトンと私の肩におさまって…、髪を撫でてあげる、広い肩を抱きしめてあげる。…子どもみたい、ずっと昔のことを気にして今まで生きてきたなんてかわいそう。辛かったんだね。

やがて着いた海岸。しんどそうだったからホテルに帰ろうか?って言ったら、天気がいいから行きたいって。

「よかった…。ここは何も変わっていない…」

封印から解き放たれたように真っ直ぐ砂浜を歩いて行き、「来いよ」と私を呼んだ。…笑みが戻っている。

「まだ夜は寒いからな」

後ろから抱きしめられて、そのまま仰向けにゴロン…キャッ!

「上見てみ」

え?うわ~、一面満天の星!こんなにたくさんの星は見たことがない。教科書で見たことある星座がバンと広がっていて、思わず線をひきたくなっちゃう。

「綺麗~、今にも落ちてきそうなほど光ってるね」

「…この光景だけはよく覚えてる。昔家族でここに来た時みんなでこうして寝転がって…、その頃はただただ夢中になって、あの星に行きたいとか言ってたけど、…無心になれるよな。さっきはありがとう、凄く落ち着いたよ」

「よかった。私から抱きしめてあげたの、初めてだったね」

お返しにといった感じで、いつものように優しく髪を撫でてくれる。

「TVだと本音を言えないじゃない、そんな積み重ねがストレスに発展してるのかもしれない。この間の会見だってそうだよ、少なからず深雪を不安にさせているんじゃないかって思って、お詫びの微笑みだったんだけど、ちょっとやりすぎたみたいだ」

「ううん、私は本当の希を知っているから全然平気だよ。希は人並みはずれた凄い人だけど、本質的には私達と何も変わらない…当たり前のことなんだけどね」

「そうだな。…この際話しておきたいことがある」

希は起き上がり、真っ直ぐ私に向き直った。

「普通の恋人達ならこれで十分だろうけど、僕はこの国の皇太子だ。いつか必ず結婚して、夫婦揃って公式行事に出なければならない。会見では簡単そうなことを言ったけど、実際は厳しい世界だよ。僕自身相当な努力を積み重ねてきたし、今でも常に危機感は持ち続けている。何しろこの国の、ひいては世界の将来を左右する職務だからね。…そしてそんな僕の妻となる人にも、いくら一般人から選んでもよいとはいえ、相手としてひけをとらない人材であることが要求される。確かにまだ若いし、今すぐどうこういう問題ではないけど、僕はこの星のように自ら光を放つ人と結婚したい。僕といるからじゃなく、どんなジャンルでもいい、自身の実力が世間から認められる人であってほしい」

そう言うと、ポンと私の肩に手を置いた。

「…深雪の夢は?」

「ほら、この間議会報告会で、入宮の話をしていたじゃない?私は、希が表舞台で仕事をできるように、裏で支える仕事ができたらいいなって考えてたの。例えば、ヘアメイクを担当したい、っていうのもありかな?」

「それはいい夢だね。いつも深雪のヘアアレンジやメイクを見て感心しているから、僕のも担当してくれたら嬉しい」

そして、ふんわりした笑顔で私を包んでくれる。

「私はまだ高校生で仕事をしたことがないから、自分がどのくらい出来るかなんて分からないし、不安はいっぱいある。でも、やってみたいって思う気持ちは日に日に大きくなってるよ。…私でいいの?」

「人を見る目には自信があるって言ってるだろ。…僕達にはたっぷり時間があるから、まずは立派なヘアメイクアーティストになれるようサポートして、それとともに申し分ないプリンセスに育て上げたいと思っている。ついて来てくれるかな?」

え~これってプロポーズ!でも簡単には答えられないよ。だって私が皇太子妃になるなんて、すぐには考えられないもん。

「え~と。…その」

「そうだよな、普通はすぐには答えられないよな。…もちろん結婚するかどうかは、君の成長振り次第なんだけど」

随分はっきり言ってくれるね。

「そのくらい将来のことを考えた上で、今後も君と付き合っていきたいと思っていることを、知っていてほしかったんだ」

嬉しい…嬉しすぎる…。

「私頑張るから…教育を受けさせて。これからも希と一緒に生きていきたいから」

「愛してるよ、深雪」

今までとは重みが違う「愛してる」。これでやっと本当に希と向き合えた気がした。

ホテルに帰り、抱き合いながら日付が変わるのを待っていると、希が小箱を取り出した。

「誕生日おめでとう、開けてみて」

包みを開けると、太さが違う二つのプラチナブレスレット…ペアだね。希が私の左手首に、私が希の右手首にそれぞれはめ合う。

「ありがとう、おそろいなんだね」

「最初に言っておくけど、一人では外せないんだ。お互いのブレスレットを合わせると、外れる仕組みになってる」

外し方なんて聞いてもしょうがないじゃない、私からは絶対その必要がないんだから。

「お前は俺だけのもの、俺はお前だけのもの。…そんな風に束縛したくなった」

ベッドに押し倒されて、希の黒髪が私の肩に降りかかる。

「私だけの希」

「うん…」

「いつだって私の願いを叶えてくれるね。…だから私も期待を裏切らないようにしなきゃ」

「…待ってるから。…出来るだけ早いほうがいいけどな」

「希はせっかちだからね」

今年は今までで一番幸せな誕生日を迎えることができた。

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